2011年6月21日火曜日

折り返し地点

去年の今日、成田を出発した。

今日は、協力隊員としてスタートした一年記念日。

青年海外協力隊の活動は、二年間であるため、残すところ半分となった。

なんだかとても、不思議な気持ち。。

ブータンに来た時は、早く一年が過ぎないかなと思っていた。

それは、先輩方が口を揃えてこう言ってたからだ

「本当の活動は一年たってから」

この一年、環境、言葉の違いに慣れることでいっぱいいっぱいだったように思う。

だから「辛く感じる一年が早く過ぎないかな…」とずっと思っていた。

そう、思っていたら…今日、あっさり一年を迎えてしまった。

一年が経過したからといって、明日からの生活・活動が激変するわけでも、

言葉の壁を乗り越えられるわけでもない!

ただ、帰国までのカウントダウンを妙にリアルに感じながら活動していくだけだと思う。

でも、そこには一年分の同僚・ブータン人の友達と築いた信頼関係がある。

これは…異国ブータンで生活する上で、自分にとって最高の安心材料なんだろうと思う。

残りの一年で、自分の出来る事をし、ブータンを思いっきり楽しみたいと思う。

2011年6月19日日曜日

ブータンの国花

『青ケシ』

ブータンで、国花はブルーポピーと呼ばれている。

今まで、ブータンの国花を見たことが無かった為、今回は「ブルーポピーを見よう!ツアー」に参加した。

これは、帰国隊員を中心に、ティンプー・パロの一部の隊員で企画したもの。

車でティンプーからパロ、そこからチェレラと呼ばれる場所へ行き、ブルーポピーを探しながら散策する。

まずは、パロ隊員との待ち合わせの合間に『Uno』を…
ブータン隊員の中では、何を決めるのにもUnoが必須。

今回のは 「席決めUno」 …って誰がこんなとこまでUno持って来たんだ?って話ですけどw


パロ隊員と合流し、いざチェレラへ。

天気は…生憎の雨。

こんな天気だった為、ブルーポピーが沢山生えていると言われる、徒歩で二時間程の場所に行くのは諦めた。

でも、歩いて10分程の所で、早速お目当てのブルーポピーを発見!
これがブータンの国花…標高の高い場所で、雨にも負けズ、しっかりと生えていた。

そうそう、このチェレラ…実は標高3500mをかるく超す場所だったのだ。
日本の富士山よりも高い所でパシャリ!
※インド人インド式で標高計測したようで、表記は3988mだが実際は3700m程だという


予定変更し 『ハ』 と呼ばれるパロの隣町に行ってみる事に!

このハは、日本昔ばなしの 「ぼぉや~♪良い子だ寝んねしな~♪」 の音楽が聞こえてきそうな町。

 実際に行ってみると、ゆっくりとした時間が流れているような場所で、とても落ち着いた。

ひょんなことからハの町にも来れたので、とてもラッキーなツアーだった。

2011年6月15日水曜日

トンドル

今日は、「Load Buddha Parinirvana」というブータンの祭日。

ということで、

朝5時起きをして、タシチョゾンに「トンドル(大仏画)」を見に行ってきた。

タシチョゾンの敷地に入る前に民族衣装の「ゴ」を着ている場合、「カムニ」と呼ばれるものを着用しなければない。
※ゴがスーツで、カムニがネクタイの様なイメージ。
  これが揃って初めて正装。→前回記事を参照下さい

入口で、久々のカムニの着用に手間取っていると、警備員が近寄ってきて手伝ってくれた。
※既に敷地に入った後の写真

このトンドルは、ツェチュの最終日や、法要がある際に特別に開帳されるもので、普段お目にかかることはなかなかできない。

私も、ブータンで生活して1年になろうとしているが、今回が初めての機会だった。

現地のブータン人にとっても、これを見る機会はなかなかない為、朝早くからゾンに続々と人が来ていた。

そのトンドルがこちら

初めて見たが…その大きさ、美しさに圧倒された。

これは、基本的に日の出前まで開帳される為、朝早く行かなければお目にかかれないのである。
※トンドルが、日に当たると良くないらしい。劣化の為?


家に帰る途中、近くのチャンガンカ・ラカン(寺院)でもお参りした。

普段は、なかなか入れない本堂に入ることができた上、サイコロを振り運試しをし、高僧にブレッシングをしてもらい、マニ・ラコルを回して功徳を積んだ。

ここのラカンにも、多くの人が参拝に訪れていた。 
※マニ・ラコル…回すと功徳のある経典が納められた筒。

普段休みが少ない為、休日は昼間で寝たいのだが、こういう機会は滅多にない。

朝から功徳の積めた良い休日になった。

なんだか、とても気持ちがいい。

2011年6月14日火曜日

アイス屋

ここブータンにも、オシャレなアイス屋さんがある。

でも、首都のティンプーの町中に1件だけ…。

「Willy's」

中には、7種類くらいのアイスがある。

本日、注文したのは「White chocolate」 Nu.55(100円)

これからどんどん暑くなるし、使う回数は増えていくだろうな~。

あ~長野の小布施町にある「トゥエル」が恋しいな…。

2011年6月4日土曜日

スナック 立川

今日は、同期のお母さんが日本から遊びに来ているということで

隊員宿舎のドミトリーで日本食を御馳走になりました。

最近は、すっかり作れていなかった日本食。

やっぱり、うまかったし、感動しました!

本日のMenu
・炊き込みご飯
・味付け玉子
・サラダ
・茹でブロッコリー (ワサビ醤油)
・ナスとひき肉の炒め物
・ホウレンソウ炒め
・焼きナス (ショウガ醤油)
・焼きトマト (塩)
・和風スパゲティ‐

お母様によって日本食が作られる度に、キッチンは飲んで食っての「立ち呑み屋」状態!

そして、食べた後はブータン隊員内ではお馴染みの「洗う人決め Uno」

その後は、日本の焼酎も頂きながらドミ内でカラオケをし大満足の夜でした!

たっちゃんのお母様、本当に御馳走様でした!!

日本に帰ったら、必ず立ち寄らせて頂きます! 「スナック 立川」へ。

2011年6月3日金曜日

karaoke

今日は、知り合いのアメリカ人夫婦「Rachel & Matt」に誘われ

ブータンで初めて「karaoke」を体験してきた。
※途中、店員(ゴの人)がスピーカーのチェックをしていた

日本語の曲を探したが…やはりあるわけもなく、頑張って洋楽を歌った!

「ふふふ…」

いつかブータンでもkaraokeに行きたいと、普段から家でお気に入り洋楽曲を何度も歌っていたのだよ。

最近の趣味は、家で英語の歌を熱唱することだったと思う!

その成果もあり、karaokeでも抵抗なく歌えた!

でも、知っている曲があまり入っていなかった…。

これからもっと歌える曲のバラエティーを増やしていきたい!

Mattの同僚のインド人にも 「あれ?洋楽歌えるんだ!イェーイ!!」

って、驚かれたw

やっぱり、歌うのって楽しいわ♪

是非、また行きたい!

JOCV vs U-18

今日は、サッカーのブータンナショナルチーム U-18と試合をした。

現在ブータンには、日本サッカー協会から監督が派遣されている。

新監督が来ブされてから、今までに何度か試合をした。

しかし、約10カ月前に比べると「個の力」「チームワーク」が比べ物にならない程レベルアップしていた。

そして、「監督の話を聞く姿勢」も。

本当に驚いた。

JOCVチームは、サッカー経験者とほぼ素人を混ぜた即席チーム。

ゴールキーパーは、U-18のサブの子を借りて試合をした。

自分は…声は出していたものの体が思うように動かず、ミスも連発!

でも、みんな必死にU-18の相手をした。

その結果前半は「1-2」と善戦。

後半に入ると、JOCVチームは疲れが見え始め、U-18はメンバーも入れ替え、更に体が温まったという感じ。

その点差は開くばかり…

でも、両チームは必死に守り、攻め続けた!

JOCVチームは、何度もサブキーパーの子に助けられた。

はじめは声を出せていなかったキーパーの子だったが

何度もキーパーを励まし、声を掛け続けた。

すると、最後の方のゴールキック時には、「オー!」と声を出してくれるようになっていた。

本当に嬉しかった!

今回のMVPは、確実にサブキーパーの子だと思った。

数え切れないU-18のシュートを止め続け、ゴールキックを蹴っていた。

一番いい練習になったのではないだろうか。

U-18チームはというと、大量点を取っていながらも、終了間際にみんなで必死に取った1点に、みんなで喜んでいた!

それらを見た瞬間、今日の練習試合をやれて本当によかったと思った。

このチームは、また強くなるのではないか。

そう感じずにはいられなかった。

ブータンナショナルチーム、まだまだ日本の高校サッカーという感じ。
でも、これからも成長し続ける事は間違いない。

本当に楽しみだ。


追記(2011.09.19)
先日、この時のサブキーパー(写真で緑のユニフォームの子)が代表のチームから退団したと耳にした…。
あんなに頑張っていたのに…どうやら両親の反対が原因のよう。
今後、ブータン政府の理解、援助が進み、国内でのナショナルチームの認識度がもっと高くなることを願っている。

早起きなんか

今日は、昨日の夜早めに寝てしまったため、5時過ぎに目が覚めてしまった。

シャワーを浴び、向かいの山にかかる雲を見ながら写真を撮ったりして時間を潰した。

インターネットをしていると、突然…

「ゆらゆらゆら~」

というのが2回ほど…ブータンでは珍しい地震だった。

震度は2~3位だったろうか。

ドキドキが止まらなかった。

次にもっと大きな地震が来るのではないか?

そしたら家が潰れてしまう!

っと、そんなことを考えていた。

結局、その後は地震はなかったが、

早起きなんかするもんじゃないな…と思った。